本を書く喜びは「なるほど」の喜び

本を書く喜びは「なるほど」の喜び

私は、本を書く仕事を30年ぐらい続けていることになります。長いですね。

本を書くのは基本的に大きな喜びです。大変ですけども大きな喜びがありますね。様々な方向性を持った喜びが含まれていますが、特に大きなものは「なるほど」という言葉に象徴される喜びでしょう。

常々思っていることですが、本を書くのは、勉強するための最も良い方法の1つだと思います。勉強した成果を本にまとめるのではないかと感じるかもしれませんけれど、実はそうではありません。本を書くことそのものが勉強になっているのです。それは、人に伝えるほど噛み砕くことができたときに、初めて「わかった」と言えるからでしょう。

「なるほど」という喜びは、その大半が書いている途中に生まれるものです。ですから、本を書き上げる達成感や完成した喜びが生まれる前に喜びがやってくることになります。本を書いている最中に「なるほど、そういうことなんだ」という、それが喜びのタイミングです。

そして、本を書く作業の大切なポイントの1つは、その自分が感じた「なるほど」という感覚を適切に読者まで届けることです。自分が見出した喜びを、自分が感じた喜びを、きちんと読者に届けることが本を書く仕事だといえます。それは本を書く仕事の大きな魅力の1つですね。喜びを届ける仕事。

本を書く仕事に限らず、私が書く文章の多くは、ここまで話したような構造を含んでいると思います。

つまり題材が何であれ、自分が学んだり考えたり感じたりしたことを、適切に読者に届けることによって、喜びを共有したいという感覚ですね。小さい子供が面白い話を聞いたり、面白いものを見つけたりしたときに「ねえねえ見て!見て!」や「ねぇ話聞いて!聞いて!」と言いますが、構造的にはそれとそっくりです。

その自分の感覚や自分の喜びが適切に伝わるようにするためこそ、文章の技術や、話の展開方法が存在するわけです。

たとえば数学ガールでは、その多くの部分が対話形式になっているわけですが、それはその形式が私の伝えたい喜びを適切に表現しているからじゃないかとよく思います。そこまで深く考えて書き始めたわけではありませんけれど、最も良いと思われる形式を選んだら、対話の形になったと理解しています。

しかしながら、言うまでもありませんが、単に対話形式にしたからといってわかりやすくなるとは限りません。確かに、気軽に読みやすいということはあるかもしれませんけれど、内容が本当に伝わるかどうかは、単純に対話形式にすればいいというものではないでしょう。

特に、表面的な読みやすさが書き手自身を惑わしてしまう場合があります。つまり、形式的に一見読みやすくなっているために、本来ならもっと練るべきところを見失ってしまうという危険性のことです。

対話形式の文章を推敲したり、校正したりするときには、ですから、十分な注意が必要です。注意というのは、私の場合には、きちんとその対話を自分の中で再現させるということです。

そういう意味では、普通の文章と対話形式の文章で違いはありません。表面的な言葉や字面を大だけではなくて、きちんと意味のレベルまで深く自分の中で再現させるということ。それはどんな形式の文章でも同じことです。雑に表現するならば、ちゃんと考えて読み返せと言えましょうか。

対話形式の場合には、それに加えて、それぞれのセリフを語っている人(登場人物)のことを考える必要があります。要するに、その登場人物が言わないセリフを言わせていないかチェックするということです。

このチェックを怠ると、登場人物が消えてしまい、ただ作者が1人で語っている状況になってしまいます。これはなかなか恥ずかしいことです。

登場人物が、それぞれのセリフをきちんと語るならば、作者自身が登場人物に教えてもらうことがよく起きます。私もたくさん登場人物に教えてもらいました。その意味では、対話形式は、豊かな発想の源泉であり、豊かな学びの源泉となります。

何回となく、私は、登場人物が「なるほど」と語るタイミングで、私自身も「なるほど」と言います。それはとても大きな喜びの1つですね。登場人物と共に「なるほど」という大きな喜びをシェアする喜びです。

朝の散歩をしながら、そんなことを考えていました。

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いつも私の話を聞いてくださりありがとうございます。この文章は、朝の散歩をしながら、iPhoneを使って音声入力したものです。文がねじれていたり、誤変換があると思いますけれど、ご了承ください。

それでは今日も素晴らしい一日となりますように。

#結城浩のひとりごと

2023-09-15 05:39:26 +0900

この文章は、音声入力を利用して結城浩のマストドンに投稿したものです。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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